子供の夏休みの宿題には、必ず読書感想文がある。図書館に借りに行ったのは、つい昨日のことのようだが、気がつくと、すでに返却予定日が近づいて居るではないか!
息子は1冊しか借りて居らず、余裕で読み切って、すでに感想文も完成しているようだ。私の小学生の時とはエラい違いで、夏休みの宿題を先々に進んで片付ける様を見るにつけ、どうやら私の悪い所の少なくともひとつは似なかったらしい。
さて、私が選んだ本の中で、もっとも取っつきやすくて、早く読めそうな本がこの一冊だった。なにより、プラネタリウムというメカの製作日記のように思えたし、図書館でパラッとめくってみた時に電源回路やコンピューターのことが多く書いてありそう。心配事は、好きだったのに余り勉強せずじまいだった天文のことが難しく書いてあるのではないかという一点ぐらいだった。
あらたのの心配事は、読み始めるとすぐに吹っ飛んだ。大平氏は、メガスター誕生までの開発史を、解りやすく、また、なぜそのような技術が必要だったかを、この本で非常に丁寧に書いてくれていた。
もちろん、電子系、メカ系、理系の話が苦手という方には少し興味の沸きにくいと言う意味でハードルの高い本かも知れない。
あらゆる要素が、複雑に絡み合い、時間軸と空間軸の中で、実は「袖擦り合うも多生の縁」という言葉が、自然と思い浮かび、メガスター大平氏にピッタリだと感じるのが、この本の不思議な所だ。
この大平氏本人の手による本書を読むまでは、氏が、小学校からプラネタリウム一筋の「できる子」だったのだろうという勝手な想像だけで、あらたのの中に、この偉大な「技術者」は鎮座していた。
しかし、読み終わってみると、氏は、偉大な「アーティスト」であることに気がつく。また、最後に付されている付録年表を読めば解るが、氏は、プラネタリウムだけでなく、ロケット製作も固体燃料ロケットと液体燃料ロケットの両方を作っているし、写真や光学にも傾倒している。
それだけではなく、中学時代には、自主製作アニメを、500枚、1000枚と製作していた事実に驚く。実に多彩で凝り性であったことは、ヲタクを自称、または他人からそう呼ばれる皆さんなら、かなりの親近感を持って、氏のことを認識できるはずである。
思うに、年表にも本文にも現れない、他の趣味にもかなり凝っていたのではないかとの想像が付く。そのような氏が、プラネタリウムにおいて、前人未踏の恒星170万個をメガスターで達成したのが、西暦1999年だ。(前年にロンドンで装置の実力としては達成可能と言うことは実証されている。)
はじめから読み返せば読み返すほど、人もモノも、氏に「前人未踏のプラネタリウムを生み出しなさい」と、励まし、声掛けしているような半生だ。
コンピューターがマイコンと言われていた時代から、集積と高速化を繰り返して来た時代。その流れの中でマイクロプロッターという、メガスターの心臓部である恒星原板の実現に、電子脳は寄与している。
それだけを取ってみても、1980年から2000年にかけて、驚異的な進化を遂げるコンピューター、特にマイコン、パソコンと呼ばれるモノが、刻をはかったように氏を助けているわけだ。
また、レーザー光による、恒星原板のプロットのマイクロメートル単位での実現は、個人がそれをやってのけたことが偉大であるのはもちろんだが、コンパクトディスクや、MDが乗っかってきたメーカーの技術に裏付けられているし、投影するドームについても、素材の進化がそれを助けているように思える。小型化する上で重要だった、電源の問題や、光源の能力も、氏を助けていくように刻や人が次々と巡ってゆく。
小学生の頃に、隣に引っ越してきたキャノンの技術者、杉浦氏のお話。川崎市青少年科学館の館長、若宮氏のお話。高校・大学を通して、苦手だった数学や、コンピュータープログラムにも助っ人が登場する。
へら絞りの工場や、レンズメーカーの思わぬ援助。様々な人に出会いながら、必然のようにメガスターの誕生へとドラマが進む。その途中には、アニメ用セルに恒星をプロットしてみたり、高校の卒業式でロケットを打ち上げたり。
エリートでは決してない、氏のおおらかで、熱心で、しかも謙虚な姿勢が、人を呼び、モノを呼び、刻を呼んで、この偉業があったのだと感じた。
およそ、人からモノを聞く、真摯な態度がなければ、メガスターは生まれなかっただろうし、その真摯な態度は、もちろん氏のプラネタリウムへの人並みはずれた情熱が、それらを呼び込んで原動力となって行ったのだろう。
天は、熱を持って世の中を進み、新たなモノを生み出そうともがいている純粋な人を見捨てることはない。ということが、まるで教科書のようにこの本には載っている。
さてさて、氏の高校時代の部分で、特にこの本で印象に残ったのが、スイッチングレギュレーターにまつわる話である。
メガスターの実現の上で、いくつかの重要な技術が解説されていたが、そのひとつとして、スイッチング電源があり、たまたま、その設計の難解さに、熱に対して安定した動作が得られず、悩んでいた所で、スイッチング電源の会社のアルバイトの広告が目にはいる。
氏の実家は神奈川県川崎市で、アルバイト先が遠いのはまったく苦にならなかった。と書いているが、メーカー名は実名では出ていない。
これはあらたのの、勝手な憶測だが、40kmほど離れている、サンケン電気(http://www.sanken-ele.co.jp/prod/powersp/sw/index.htm)当たりでは無かろうか、と勝手な妄想を募らせて楽しく読ませていただいた一書でありました~。
いやいや。ごちそうさまでした。
プラネタリウムを作りました。~7畳間で生まれた410万の星
大平貴之著
株式会社エクスナレッジ
ISBN: 4-7678-0251-2